映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」ベルリンで生き延びた「見えない者」たち

「シンドラーのリスト」、「戦場のピアニスト」、「黄色い星の子供たち」

ナチスドイツのユダヤ人迫害やホロコーストを描いた映画はたくさんありますが、「ヒトラーを欺いた黄色い星」は、観る者に新たな史実と衝撃を与えてくれました。

ナチスドイツの政権下、「ユダヤ人狩り」の嵐が吹き荒れる中でも生きる希望を捨てず、ひそかに身を隠しながら首都ベルリンで終戦を迎えた4人の若者たちの実話を、証言を交えながら映像化したのが「ヒトラーを欺く黄色い星」です。

目次

1 見えない者

2 映画「ヒトラーを欺く黄色い星」の簡単なあらすじ

3 映画「ヒトラーを欺く黄色い星」の独自性

4 感想とまとめ

見えない者

映画の原題は「DIE  UNSICHTBAREN」=見えない者 です。

1941年10月、強制労働のためにベルリンに残されていたユダヤ人が「東の絶滅収容所」に移送され始めます。

「東」でどんな運命が待ち受けているのかを理解している人はまだ少なかったようですが、全財産を没収されて一斉検挙。

その先に「死」がチラついていることを、多くのユダヤ人は感じ取っていたでしょう。

中には、違法と知りつつ潜伏を選んだ者もいました。

存在しない「見えない者」となってベルリンに残ったユダヤ人。

1943年6月にナチスの宣伝相ゲッペルスが「ドイツの首都ベルリンからユダヤ人を一掃した。」と宣言した後も、実は7000人ものユダヤ人がベルリン各地に潜伏し、そのうちの約1500人は終戦まで生き延びていたのです。

彼ら「見えない者」の真実がこの映画で描かれていきます。

名前もなく、住所も身分証明書もない生活。

仕事にはつけず、食料の配給も受けられず、知り合いの家を転々としながら夜は隠れ家で息をひそめ、昼は市民を装って街をさまよい続ける。

身分証の提示を求められないように

目立たず、怪しまれない

知り合いに合わないよう細心の注意を払いながら一日一日を生き延びるだけで精一杯の生活・・・。

そんな極限状態を知恵を使って乗り切り、時には敵の懐に飛び込みながら、

解放の日を迎える。

そして、4人は戦後自分の名前と身分を取り戻し、自分が生き抜いた経緯と助けてくれたドイツの人々の真実を語ったのです。

映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」の簡単なあらすじ

この映画は、ホロコーストを免れ終戦まで生き延びた4人の若者の物語です。

手先の器用なツィオマは、「自分は優秀な技術者であり、工場から戻るように言われている。」ととっさのウソで移送を逃れ、その後大胆にもドイツ兵士になりすましてベルリン市内の空き家を転々としながら、ユダヤ人の命を救うために身分証の偽造を行います。

ルートは友人とともに戦争未亡人を装って映画館に出かけたりしながら潜伏を続けますが、追い詰められたあと、不思議な縁でドイツ将校の家でメイドとして働きます。

潜伏開始時に十七歳だったハンニは、美容院で髪を金髪に染め、ドイツ人になりすまして潜伏を続けたのち、映画館で知り合った男性の母親に助けを求め、匿われます。

十六歳で潜伏を始めたオイゲンは、反ナチの商店主の家に匿われ、ヒトラー青少年団の制服を着て身元を偽りながら反ナチのビラづくりに協力します。

4人に共通するのは、生への強い意思とたくましい精神力、そして運の強さです。

彼らの生存の陰には、ユダヤ人に手を差し伸べてくれた普通のドイツ市民の存在がありました。

映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」の独自性

この映画の独自性は、4人のドラマが俳優たちによって演じられるのに加え、現代の彼ら自身が当時の様子を語る映像と交互に進行していくことです。

さらに、戦時下のベルリンの記録映像が挟まり、ドキュメンタリーと再現ドラマが合わさったような構成になって、より真実が迫ってくる構成になっています。

4人の物語は死と隣り合わせの緊迫した生活とともに、「あの戦時下、すべてのドイツ人がナチスだったわけではない。」という強いメッセージを伝えてくれていると思います。

ナチスやドイツ人を悪役にした戦争映画、ユダヤ人の悲劇を語った映画は数多くありますが、「ドイツの人たちの善意、手を差し伸べてくれた一般市民の存在」を描いた作品に出会うのは初めてでした。

この映画は、生き延びた4人だけでなく、彼らを助けたドイツの人々を敬意をもって描いています。

壮絶な人生を描きながら、どこか明るさを感じるのはそのせいかもしれません。

感想とまとめ

極限の中で、迫りくる恐怖をかわしながら冷静さを保ち、知恵を絞って生き抜く。

二日、三日ならできるかもしれません。しかし、三年、四年もの長い期間ナチス支配下のベルリンで隠れ住むことができたのは、奇跡のように感じます。

ホロコーストの悲劇はさまざまに語られてきましたが、この事実が映画に描かれ、世界に発信されるのは初めてのことと思います。

生還者たちの年齢を考えても、この真実が今伝えられたことに感動を覚えました。

そして、当時のドイツ市民がみなナチスに共感していなかったこと

自分の身に危険が及ぶかもしれない中で、ユダヤの人々に手を差し伸べ

個人として、善意で行動を起こした人が数多くいたことも深く考えさせられる真実でした。

こうした人々が、数日でも自宅の一室を提供し、服や食料を分け与え、頼れる仲間を紹介することで、国家から死を宣告された人間の命が少しずつつながっていく。

まさに命のリレーをこの映画で知ることができました。

体制という大きな歯車は、時に多くの国民が疑問をもてなくなる、あるいは見て見ぬふりをすることで回り続けるのだとしたら、これは決して70数年前の過去の出来事だけではない気がします。

戦時下のベルリンでも、日本の「大本営発表」に近い戦勝報告がラジオから流れ続けていました。

「国民は、どこまで真実を知らされているのだろう?」ふと空恐ろしいことを考えてしまう映画でもありました。



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